会員ログイン

会長挨拶

数学教育について考える

数学教育学会 会長   砂田   利一

sunada

G.フローベール(1821-1880)の辛辣な定義によると、教育とは「大いにあるように思わせること、どうせ知識階級なるものみずからがそれを欠くことを自覚していないのだから。庶民は生計を得るのにそれを必要としない」(『紋切型辞典』山田ジャク訳、平凡社)。また、風刺に長けた文筆家A.ビアスは(1842―1913)、『悪魔の辞典』(西川正身訳、岩波書店)の中で、教育とは「それぞれ理解力に欠けていることを賢者にたいしては明らかにしてみせ、愚者にたいしては隠して見せないようにするもの」と定義しています。数学に関しては、フローベールの辞典には「心情を枯渇せしむ」という定義がなされています。さらに、J.スウィフトの『ガリバー旅行記』の第3編の中に、数学の有用性に関するシニカルな見方が垣間見られます。

フローベール、ビアス、スウィフトの言っていることは、本来ユーモアと思って楽しめばよいでしょう。とは云うものの、数学が「心情を枯渇せしむ」というのは俗信として、実際多くの人がそう信じています。すなわち単なるユーモアとは言えない面があります。本当は数学ほど人間の情緒的感覚に依存するものはないのです。
数学とは一切係わりを持たない一般の人が数学についてどう思うか、これまであまり気にしないでいられました。だが、黙って見過ごせない状況も起きています。たとえば、「自分のこれまでの人生で、2次方程式の解の公式を知らなくて困ったことはない」という人がいたとしても、個人レベルのこととしてはほとんど問題ありません。しかし、これが「数学など一般の人には必要ない」と拡大解釈され、このような意見が教育政策に間接的にでも反映されるとなると、事は重大です。
しかし、状況は変わりつつあることも確かです。最近はビッグデータという言葉が人口に膾炙し、「データサイエンス」が1つのキーワードになっています。産業界には、現状で不足している人材はセキュリティ、データ分析に関連する高度技術者であり、その人材育成のためには、数学の教育が欠かせないという認識が広まっています。また、AIの進歩を考慮した数学教育が必要であるとの声も多く聞かれます。数学教育でも、このような状況を踏まえた対応が必要なことは言うまでもありません。
とは言え、あまりにも現状の必要性に特化すれば、社会の進歩の長期的状況への対処としては不適切でしょう。むしろ、数学の汎用性に着目した教育が望まれます。例えば、データサイエンスに限っても、データを解析し、そこから何らかの「構造」や「意味」を見出すには、幅広い数学の知識が必要です。歴史を遡れば、チコ・ブラーエの膨大な観測データから、アポロニウスの円錐曲線論を使って、惑星の運動を正しく導出したケプラーの研究は、まさにこの例となっています。近年でも、セキュリティに関連する公開鍵暗号技術には、古代ギリシャ以来、純粋な数学理論として発展してきた素数理論が応用され、検索エンジンの設計には、ランダムウォーク理論が応用されています。物質(結晶)デザインへの数学の貢献も大であり、数理ファイナンスには伊藤の確率解析が欠かせません。逆説的に聞こえるかもしれませんが、それぞれの時代の必要性を超越して発展してきた数学は、イノベーションに繋がる知識の宝庫なのです。
このように、時代の変化に対応できる汎用性のある数学教育、さらには文理の垣根を低くする数学教育、国民的リテラシーとしての数学教育が望まれます。そもそも、数学は文系理系にまたがる学問であって、いわゆる自然科学とは異なることを強調しておきたいのです。
これに関連して忘れてはならないのは、初等・中等教育における数学教育の重要性です。すなわち、今述べたことを実現するには、数学の汎用性を考慮に入れた数学教育の体系化が必須であり、さらには、数学教員の「力」(=専門性)が発揮される環境を創ることが必要です。
未来の予測できない社会に数学の持つ問題解決能力をつけた若者を送り出すことを使命として、微力ではありますが新会長就任にあたり新鮮な志を抱き学会運営に携わって参ることを宣言いたします。横地清先生、藤田宏先生、落合卓四郎先生がたのご努力・功績を引き継ぎさらなる進展を測るため、会員の皆様の一層のお力添えをお願いいたします。

追記:2020年の始めから新型コロナウイルスが世界を席巻して歴史的にも経験のない大事になっています。これらの対応策の中で、疫学的な方法による検証などの文言が掲載されていますがこれらの基礎もデータサイエンス(統計学)です。病気の原因あるいは伝染の経路として合理的な説明の不可能なものを取除き,残された有力な因子を統計的な大量観察により原因,あるいは経路として特定しようとすることです。

〒112-0012
東京都文京区大塚1-4-15
アトラスタワー茗荷谷105 (株)甲文堂内 (一社)数学教育学会事務局

TEL&FAX:03-5978-4855
e-mail:office@mes-j.or.jp

会費納入についてはこちら