会長挨拶

時代の変化を先取する学会へ

落合卓四郎

ochiai

政治、経済、科学技術、教育、文化などのさまざまな局面において、今日「変化」が急速に進んでいることは、誰も異論を挟むことができないでしょう。この変化について、2つの観点から私見を述べたいと思います。

1つは、組織のあり様の変化です。当学会は50有余年の歴史を持っています。設立時のミッション「数学・数学教育と情報・情報教育の立場から数学教育の研究をおこない、関係部門と協力して学術文化の向上発展に寄与することを目的とする」は、時代がいかに変化しようと普遍のものです。一方で、誤解を恐れずに言えば、高等教育機関や研究機関は、かつての象牙の塔の如く狭い視野にとらわれた独善的な学究は、今日的な組織としては許されなくなっています。

当学会は、2014年3月に「一般社団法人数学教育学会」として法人格を取得しました。これは、学術団体として種々の便宜を社会から享受できる代償として、社会貢献的活動を目指す非営利組織(NPOなど)の規範に則った組織的な会の運営が求められることを意味します。自由な活動によって社会が右肩上がりで発展してきた時代から、地球規模と長期的なスパンで問題解決に資する活動をすることが、営利と非営利の組織を問わず必須となっているのです。問題解決のための新たな価値(知識、技術、仕組みなど)を生み出すこと、すなわちイノヴェーションを創出することがこれからの組織に求められています。人々の期待に応え、評価が高まること、同時に会員諸氏が当学会の社会的活動に高い満足度を得ていただくことによってのみ、学会の存続と発展があるのです。
一般社団法人として組織替えするにあたり、定款第3条に学会のミッションとして、「この法人は、より良い数学教育の実現を目指した、学理と実践に基づく総合的研究を使命とし、すべての教育現場における数学教育の充実を目指す指導的な人材の活動に資することを目的とする」と掲げました。これまで述べてきた背景からも、組織において、使命(ミッション)は何かを明らかにすることは極めて重要です。また、使命を明らかにするためには、「組織の顧客」は誰か、それは「何を価値あるものとして考えるか?」という問いへの答えを深く考察していく必要があります。会長拝命以来、学会の年会、例会、夏季・冬季の研究会などにおいて、当学会のミッションやあり方について考える講演やディスカッションの場を設定してまいりました。中でも、藤田宏先生のご講演の「数学教育を通して学習する生徒の未来の数学活用の能力育成を図る」というご指摘は、我々が今後なすべきことを考える大きな拠りどころになろうかと思います。従って、組織の顧客は数学教育を受ける学生であり、組織の顧客が何を価値あるものとして考えるかは未来の数学活用の能力向上ということになるでしょう。このことをさらに深く考え、会員諸氏と共通理解を築いていくことが私の仕事であると考えています。

もう1つ、学生が数学活用の能力を発揮する場である未来の社会・経済がどのようなものか、その変化を理解しておかなければいけません。

時代の潮流は「知識(基盤)社会」「高度情報化社会」などと表現され、現在はその大転換期の真っ只中にあると言えます。学生の未来の場はこの大転換期を経た新世界となり、その全体像は予測し難いものですが、2030年頃の社会の経済的側面についてドラッガーは、「『知識』が経済的生産要素の唯一の資源であり、大学・大学院等で系統的に習得した高度な専門知識を財・サービスの創造・革新・生産に適用できる『知識労働者(知識経営者、知識専門家、知識従業員、知識技能者など)』が社会の中核となる」と述べています。
例えば、ロボットカー(自動運転システム)がいっそう現実味を帯びている現代で、設計者はもとより、工場労働者や自動車の整備に携わる人も、かつての腕や勘の勝負から、高度な知識や技術が必要になるでしょう。製造業産業は大量の肉体労働者による労働集約型の大量生産方式から、高度イノヴェーションを不断に要求する知識集約型の(単純肉体労働者を不要とする)製造業に変わり、しかるべき知識と技術を有する知識労働者(テクノロジスト)が、社会・経済・政治の中核的グループとなることは想像に難くありません。
知識労働者が他の専門知識と交流しながら、新たな価値(イノヴェーション)を生み出していく。このような時代は間違いなく到来し、未来の生徒の活躍する場になります。それを前提とすれば、知識労働者として自己実現を目指して生涯にわたり学習・自己研鑽に努め、膨大な情報の中から適切な知識を獲得し、必要に応じて他の多様な知識労働者と協働できる技術・知識・能力を獲得することが、彼らにとっての価値となるでしょう。そのような能力の基幹に「数学活用能力」があると確信しています。そもそも多様な異なる専門分野(いわゆる理系と文系を問わず)間のコミュニケーションをする手立ては「数学」の概念、言葉をおいて他にありません。従って、これまでのいわゆる「読み・書き・そろばん」に加えて、新時代の知識労働者が必要とする高度な「読み・書き・そろばん」、今様の言葉で言えば「国際英語、数理科学リタラシー、情報リタラシー」が不可欠になります。

このような変化に今の数学教育が応えているかと言えば、残念ながら疑問を抱かずにはいられません。大学の合格するための手段、数学は暗記科目という誤解さえあります。生徒の数学離れも懸念されます。

未来の問題に新しい組織で挑み、社会に新しい価値を生み出していきたい。微力ながら、新任期の会長就任にあたり、そのような志を抱き、学会運営に携わってまいりたいと考えます。横地清先生、藤田宏先生のご功績を継承しつつさらなる発展を遂げるために、会員諸氏のいっそうのお力添えを何卒よろしくお願い申し上げます。